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北極圏は何世紀にも渡り、多くの人々にとって想像の域の世界でした。過酷な
気候と僻地のため、そこで生活できる人は少なく、広範囲に渡り探検できる人はほとんどいませんでした。近年の技術進歩と氷河の後退により、北極圏の広範囲が海運航路と資源開発に使われるようになりましたが、これも何世紀にも渡り探検隊が地域の図を描き残してきたおかげで可能になったのです。

先住民族は北極圏で何千年も前から暮らしていますが、土地と水域の地図が
探検隊によって描かれ始めたのは比較的最近のことです。ここでは北極圏探 検の歴史の概要を紹介します。

北極圏の発見

非先住民の中で最初に北極圏の探検を試みたのは古代ギリシャ人とされています。現に、英語の「Arctic」(北極圏)の語源はギリシャ語で「クマ」を意味 する「アルクトス」で、おおぐま座に関係しています。ギリシャ人航海者の ピュテアスは、ギリシャの植民地マッシリア(現在の南フランスのマルセイユ)の岸に時折運ばれていた錫の産地を求めて航海した際にヨーロッパの北の果てを発見したと言いました。

ピュテアスによると、紀元前325年にマッシリアから出航し、イベリア半島と
フランスの海岸をまわりフランスの北西部ブルターニュに到着、それからブリ テン諸島を一周。地元の人と交わり、想像上の場所トゥーレを求めて北上したものの、凍った海で航海を切り上げました。その時の様子を彼は「凝固してい た」と表現しています。ピュテアスは北極光と真夜中の太陽と思われるものも目撃しており、北極圏に到達したと考えられます。後の歴史家の間では、ピュテアスがトゥーレと呼んだ土地はノルウェー沿岸かシェトランド諸島のいずれという意見があります。ピュテアス以降のギリシャとローマの歴史家が、彼の航海は幻想だったとして無視したからです。

次なる北極圏探検の記録は、ヴァイキングの船長のガルザル・スヴァヴァルソンがノルウェーからフェロー諸島への航海途中で流された末にアイスランドを見つける中世時代まで待つ必要があるでしょう。900年代のこと、ヴァイキング
の船長のグンビョルン・ウルフソンは嵐で航路に迷った末にグリーンランドを見つけました。彼の記録は985年にグリーンランドに植民地を建設した無法者
のヴァイキングの族長、赤毛のエイリークに言及しています。グリーンランドに建設された植民地は当初は栄えていましたが、1300年代の小氷期を機に
1450年までに滅びました。

その後、ヴァイキングの探検家は新天地を求めてグリーンランドの西に向かいました。このことが1000年代にヴィンランド、現在のカナダのニューファン ドランドの発見につながりました。880年、ヴァイキングの船長ハロガランの オーホトヘレがスカンジナビア半島とコラ半島の航海に成功し、白海に到達し ました。1533年、ロシア人の修道士がコラ半島でペチェンガ修道院を発見しま した。そこをユーラシア北極圏の探検基地として活用した後、北極海航路の図が描かれ、シベリアまで深く足を踏み入れることになりました。1648年にセミョン・デジニョフがシベリアとアラスカの間のベーリング海峡を航海しました。

クリストファー・コロンブスの新大陸への航海に続き、西欧における北極圏
に対する関心は1400年代と1500年代に再燃しました。当時の探検は、欧州
と中国が直接交易できる、大西洋と太平洋が全て海でつながっている仮説上
の北西航路に集中しました。1564年のジャック・カルティエによるセント・ロ
ーレンス川の発見が人々の北西航路に対する関心を駆り立て、マーティン・フ
ロビッシャー、ヘンリー・ハドソンやその他の探検家が航海に出たものの、数
十年に渡り航路発見に至りませんでした。

航海技術の進歩により、1800年代に北西航路を探す新たな探検が始まりまし
た。ロバート・マクルアーが1851年にメルヴィル島を見つけたことで航路が
発見されたと考えられていますが、航路は海氷で遮断されていました。この頃 は陸地探検も行われるようになりました。北西航路の横断は、ノルウェー人船長のロアール・アムンセンが1906年に制覇するまでなされませんでした。

この頃、北極点到達への関心も駆り立てられました。1909年、アメリカ人探検家のロバート・ピアリーが、犬ぞりと支援隊の協力で人類で最初に北極点に到 達したと主張しました。しかし、その主張を巡り、現代の探検家の間では、当 時の彼が使用できた道具では北極圏に到達できなかっただろう、という論争が あります。フレデリック・クックが「自分は1908年に既に北極点に到達してい た」と主張しましたが、これも論争が起こりました。

当時、北極点を目指した数々の探検が行われましたが、1879年のジャネット探検隊のように、そのほとんどが失敗に終わりました。1926年にアメリカ人操縦士のリチャード・イヴリン・バードとフロイド・ベネットが北極点上空を飛行
したと主張しましたが、これは論争が起こりました。誰もが認める最初の北極点発見は、ロアール・アムンセンとリンカーン・エルズワースが飛行船ノルゲで飛行した1926年のことです。

1948年にソ連のアレクサンドル・クズネツォフが北極点近くに飛行機で降り立
ち、極点まで歩きました。これが初の徒歩による北極点到達です。1959年には
アメリカの潜水艦ノーチラス号がどこにも浮上した姿を見せませんでしたが、 海氷の下を横断して北極点に到達しました。初めて海氷面をたどって北極点に到達し戻ったのは、1968年にスノーモービルで制覇したラルフ・プレイステッドです。その一年後、アメリカ人のワリー・ハーバートが徒歩と犬ぞりによる北極点到達に成功しました。

これらの探検から長年に渡り、多くのアマチュア探検家が北極点到達に成功し ました。1995年にはカナダ人スキーヤーのリチャード・ウェバーとロシア人スキーヤーのミーシャ・マラーホフが、人の助けを借りずに初めて徒歩で極点に到達しました。2007年にはイギリスBBC放送のテレビ番組「トップ・ギア」(Top Gear)でトヨタ・ハイラックスの改造車による北極点到達が紹介され
ました。その後、2007年のアルクティカ級砕氷船による北極探検の一環として、複数の有人潜水艇が極点の海底に到達しました。

まとめ

北極圏は天然資源の豊富さから、常に人々と政府を魅了し続ける場所です。気候の変動とともに、数千年前に初めて人類が北極圏に定住し始めました。この地域に対する関心がこれからも年々高まるばかりということははっきりと言えるでしょう。何世紀にも渡り多くの探検家が生まれたのは、北極圏の地図を作成し、それを広範囲にわたり人が住めるように活用して。