北極圏では、石油産業が依然として最も重要な経済セクターの一つです。従来人間が旅するには遠く危険でしたが、アラスカ北部や北極圏の他の地域で石油が発見されたことが経済的発展の原動力となり、これに危険な場所での石油採掘をより容易にする技術の改良が拍車をかけました。気候変動により北極海が航行しやすくなったため、北極圏での石油探査と採掘は今後数十年間に増加する見込みです。
北極圏の石油採掘は主にアラスカに集中していますが、著しい埋蔵量の石油・天然ガスがカナダやグリーンランド、その他の北極圏の地域でも発見されています。以下は、北極圏における石油採掘の歴史の概要です。
北極圏の石油産業

北極圏は19の地質学的な盆地のよって構成されており、その半数では石油・ガス資源の探査が行われています。米国地質調査所による2008年の調査では、北極圏には世界の石油供給量の13%に相当する900億バレルもの採掘可能な石油、および440億バレルの天然ガスが埋蔵されていると推定されました。これらの石油・ガス埋蔵量の半分以上は次の3つの盆地にあると考えられています:北極アラスカ、アメラシア堆積盆 (ロシアとカナダを含む)、および東グリーンランド・リフト盆。追加の石油埋蔵量が東バレンツ盆および西グリーンランド・東カナダ盆に存在すると考えられています。
北極圏における石油探査は従来、コストと技術により限られていました。北極圏自体は、北極海の膨大な量の海氷の中で生存するには船舶技術が不十分であったため、最近まで船で通過することができませんでした。これらの技術的制限により、石油探査と掘削は現実的ではなかったのです。さらに、北極圏における石油採掘コストは膨大であるため、石油価格が特定レベル以上になっていない限り、その努力は損失につながります。
北極圏における石油採掘の歴史は20世紀まで遡ります。1970年代と1980年代に、ペトロ・カナダ、ドーム・ペトロレウムおよびその他多数の企業がカナダ北極圏での石油探査に着手しました。176の油井が作られた結果、採掘企業は19億バレルの石油を発見しましたが、これは、継続的な採掘を正当化するには少なすぎる埋蔵量だったため、油井は封鎖され、放棄されました。地質構造にかかる圧力のため石油よりも天然ガスがはるかに多く採掘され、地質構造が破砕されることによって石油が海に漏出するというカナダ北極圏の複雑な地質学的特性のため、継続的な探査が阻まれていました。
2007年、ロシアの地質学者たちが、ロシア領の北極海東部からカナダのエルズミーア島に至る海底の海嶺であるロモノソフ海嶺を探索するアルクティカ–2007調査に着手しました。地質学者たちは、ロモノソフ海嶺は物理的にロシアの領土とつながっていることを明らかにし、ロシアがその地域の領土権を主張する根拠としました。これらの科学者達によると、ロモノソフ海嶺には100億トンを超える石油や天然ガスが埋蔵されているといいます。
グリーンランドにも北極圏の石油と天然ガスが埋蔵されていると考えられています。2001年には、米国地質調査所が、米国北東海岸沖に位置するグリーンランド海の水域には1,100億バレルもの石油が埋蔵されている可能性があると推定しました。この海岸沿いの探査は、デンマークとグリーンランド政府が保有する国有企業であるNunaoil社が手がけました。グリーンランドも西海岸で石油探査を行っているが、この地域は比較的氷が少なく、石油採掘のコストが抑えられ、危険性もより低いため、より望ましいと考えられています。
何十年にもわたり沖合で石油資源を開発してきたノルウェーも、北極に埋蔵された石油の所有権を主張しています。2012年には、ノルウェー政府が過半数を所有するノルウェーの石油会社Statoil (現在はEquinor) が、ロシア政府が所有する石油会社のロスネフチと北極圏の領土で石油を探査する契約を締結しました。他の国とは対照的に、ノルウェーは石油採掘技術の世界的リーダーとみなされており、安全性や流出の問題に対処するための独自の体制を整えています。
米国は、北極圏に埋蔵された石油の採掘において最も長い歴史を持つ国です。1968年のアラスカ州のプルドーベイ油田の発見は、この地域に長期間にわたる経済発展をもたらしました。1970年代のトランス・アラスカ・パイプライン・システムの建設により、プルドーベイからアラスカ州の南海岸に位置するバルデスに石油を安全かつ安価に輸送することが可能になりました。このパイプラインの建造は、アラスカのノーススロープ郡沿いに形成される広大な海氷がきっかけとなりました。この地域にはインフラが不足していたこともあり、石油の海上輸送は高額で危険になると見込まれたからです。
トランス・アラスカ・パイプライン・システムが開通されたことにより、アラスカ州の経済が活性化され、プルドーベイに最も近い主要都市のフェアバンクスは、地域の経済拠点へと変貌しました。それと同時期に建設されたダルトンハイウェイにより、プルドーベイがフェアバンクス、そしてその先の北米の道路網とつながれ、この地域にさらなる好影響がもたらされました。米国は、アラスカとシベリアを隔てるチュクチ海での石油採掘も検討しました。
北極の石油開発は、石油価格の世界的な低迷のため過去10年間停滞していました。水圧破砕技術のが実用化されたことにより、米国大陸やその他の場所に埋蔵された石油を採掘することが可能になり、北極圏の開発がさらに高価になり、その優先度も低くなっています。その後の石油の供給過剰のため、少なくとも米国とカナダでは、北極圏の石油を採掘するインセンティブもなくなりました。また、環境に対する懸念も一躍を担っています。自然保護論者たちは過剰な石油探査により、地球温暖化の影響が既に及んでいる北極の生態系にさらなる危害が及ぶことを懸念しています。
しかし、世界の他の地域では世界埋蔵量が枯渇しつつあることを鑑みると、北極圏の石油探査は近い将来も北極圏の国々の政策課題として存続するでしょう。船舶技術の向上と北極海の海氷量の減少により、継続的な探査は経済的により実現可能になりました。米国、ロシア、カナダおよびデンマークの間では北極圏の資源をめぐる闘争が生じており、これによりこの地域での石油探査が激化し、それに伴い石油採掘のコストも定価する可能性があります。
まとめ

石油採掘は、北極圏経済の重要かつ拡大し続ける施策となっています。世界は機能していくために石油に依存しているため、北極圏に埋蔵された石油は、政府や企業が看過できないほど重要な資源なのです。近年の石油の供給過剰により潜在的収益性が低迷し、開発のペースは若干遅くなりましたが、技術改良や気候変動、その他の要因のため、石油が北極圏地域で重要な部分であり続けることは確実です。